蜜の国

ノートのように書き散らしたくてはてなに戻ってきました。

男の子の母親の言葉が乱暴になるのは普通に話すと無視されがちだからかも。

母親が厳しく諭せば、男の子は女性差別をしなくなる。

もう時代は変わったのだから、これからの子たちは新しい男女平等な価値観を持っている。

今現在子どもを育てている人たちは、大なり小なりこういった希望に支えられて生きていると思います。

昔はひどかった、でも今は違う、と。

嫌がらせを娯楽として楽しまなくはなる

でも、私は今小学生の男の子を2人育てていますが、あんまり楽観視できないかなぁと思っています。

確かにうちの子は、ドラえもんに出てくる「しずかちゃんのお風呂シーン」に怒ったり嫌悪感を示したりはするんですよ。

このへんは、普段から私が口を酸っぱくして教えているからですよね。

「昔は人に嫌がらせをして楽しむという、ゲスい行為がギャグとして当たり前に出てきたけど、こういう価値観を持つのは恥ずかしいことなんだよ」みたいに言い続けていると、だんだんそういうシーンの見分けがつくようになるし、楽しめなくなってくるみたいなんですね。

一緒にアニメ見ていても、絵がギャルゲーみたいだったり「ヘタレの俺がモテモテ」みたいな展開だと察すると、見始めてすぐ「キモいしつまんない」と子供に消されてしまいます。

「男の子の母親は口が悪い」←これ私は当てはまる

まだ子供だからかも知れないけど、そこだけ見れば進歩ですよね。

上の世代の男性は、子どもの頃から性加害することを娯楽とか通過儀礼として考えていたし、むしろ「やらなきゃ”男”になれない」などの強迫観念すら抱いていたのだから、そこは進歩。

でも、女の人の話をきちんと聞くとか、そのへんは甘えが交じって微妙なんじゃないでしょうか。

昔どこかで、「男の子の母親は口が悪い」という言葉を聞いたことがあって。私は男の子の母親ですが、確かに口が超悪いです。

「やめろ」とか「お前ふざけんな」とか、普通に言いますもんね。

上の子が幼稚園に入ってから急激に男言葉を使うようになって、今はもう自然に「はあ?!」とか出てきます。昔は人に「はあ?!」なんて言ったことなかった(と思う)!

男言葉じゃないと無視される

改めてなんでだろうと考えてみると、普通の口調で注意すると子どもに無視されるからなんですよね。

感情的に金切り声で怒るか、男言葉で野太い声で一喝するかしないと、子どもに無視されるんですよ。

そう、今でも、

「出しっぱなしだよ、片づけて。」(返事もない)

「ちょっと、片づけなさい! カバンに入れて。失くすよ!」(「はあい」と生返事)

「おい、片づけろ」(ようやく片づける)

と、段階を踏んで男言葉になりますね。

自分にとって普通の感じで話したいなぁとやっぱりずっと思っていて、毎回試みてはいるんですよね。

でも、女言葉って言うんですかね、頑張って注意しても”お願い”するようにしか聞こえないみたいなんですよ。

女言葉の問題なのか、バカにされてるか両方か

これもどこかで聞いた話なのですが、「日本語だと女性は自分の気持ちをうまく表現できない」って。

私の場合、自分としては日本語で不自由なく気持ちを表現出来ています。

でも、確かに”女言葉”で子供に話しても、割と無視されちゃうんですよね。男言葉だと聞いてもらえるのは、いきなり口調が変わったら誰だってギョッとするだろうって話かも知れないですけどね。

自分の子供の頃を思い出してみると、母親とか親戚のおばちゃんから注意されると超怖かったですよ。別に普通の”女言葉”でしたけどね。

信頼と言ったら聞こえはいいけど女の話は無視しがちだよね

子どもがわがままを言うのは、その人を信頼している証だって言いますね。大人としては、子どもが何言っても受け止めるぞ、思いっきり甘えられる環境を作るぞって思うんですよ。

でも女性差別って、「男がいつまでも子ども気分で女にわがまま言うこと」という側面もあるじゃないですか。つまり、いつまでも”男の子”であり続けることが、問題なわけですよね。

じゃ、子供にはいつ頃”男の子”を諦めてもらえばいいんですかね? と、まず思いますよね。

そのあとふと思うんですよ。「私は母親の言うこと、女言葉だからってここまで無視したことなかったよ、たぶん」って。

「子ども時代」は男の子のもの?

もしかしたら、私はまともな「子ども時代」というものを体験したことがないのかも知れません。

もし「男の子の母親は口が悪い」が本当なら、子どもでいられるのは男の子が多く、女の子は少ないのかも。

私がこのまま男の子を「子どもらしくのびのびと」育てることは、差別の再生産なのかも。

「性別にとらわれない子育て」なんて聞くけど、私の子育ては話一つまともに聞いてもらえないところから始まるんだけど。そこからして性差があって、コントロール不能なのだけど。

子どもとは言えあくまで他者だし、社会の一員。性別という手掛かりなしに、平等なんて訪れるのって思っています。